こころのじかん(第二回 心のケア班市民講座)

パンフレット

パンフレット

復興を支援する岩手大学三陸復興推進機構(心のケア班)では,第2回市民講座「こころのじかん★5人の先生のお話とワークショップ」を開講します。
参加費無料ですので,ふるって御参加ください(申込方法は,ページ下の「★申込方法★」又はパンフレット裏面を御覧ください)。

と き:2014年3月12日(水)・18日(火)〜3月21日(金)
ところ:宮古市・釜石市・大船渡市・陸前高田市
対 象:関心のある市民のみなさん・支援者のみなさん
しめきり:2014年3月10日(月)必着
問合せ:岩手大学釜石サテライト 0193-55-5691(担当 佐々木)

講座内容(地図についてはパンフレット裏面を御覧ください。)

開催日時 内容 講師 会場
3月12日(水)
13:30〜15:30
こころと体の緊張をほぐすケア-タッピング・タッチを覚えよう! 土屋文彦
臨床心理士
釜石市
岩手大学釜石サテライト(セミナー室)
※定員60名
3月18日(火)
15:00〜16:30
震災を体験した子どもへの保護者の対応 織田信男
岩手大学人文社会科学部教授
宮古市
シーアリーナ(研究室1)
※定員30名
3月19日(水)
15:00〜16:30
もっと笑いを!ーユ-モアと回復ー 奥野雅子
岩手大学人文社会科学部准教授
陸前高田市
陸前高田町づくり協働センター(会議室)
※定員30名
3月20日(木)
15:00〜16:30
こころを支える話の聴き方 佐々木誠
岩手大学三陸復興推進機構特任准教授
釜石市
岩手大学釜石サテライト(セミナー室)
※定員30名
3月21日(金)
15:00〜16:30
ストレスへの抵抗力を身につけようーリラクセーション法へのお誘いー 山口 浩
岩手大学人文社会科学部教授
大船渡市
リアスホール(アトリエ)
※定員30名

★申込方法★

こころのケア班市民講座参加希望」として以下についてお知らせください。
【参加希望日(複数可)・氏名・職業(所属)・住所・連絡先】
郵送:〒020-0001 釜石市平田3−75−1
岩手大学釜石サテライト「こころのケア班市民講座」係
電話:0193-55-5691,FAX:0193-36-1610
メール:heart@iwate-u.ac.jp
2014年3月10日(月)必着
※ 定員になり次第締め切らせていただきますので御了承ください。

被災地の現状と復興の取り組みを学ぶ現地研修

1月17日(金),18日(土)に,「被災地の現状と復興の取り組みを学ぶ現地研修」があり,岩手大学の学生が釜石市と大槌町を視察しました。
この研修は,被災地の現状と復興の取り組みについて現地を訪問し実情を学ぶことにより,被災地の復興や地域再生に関して岩手大学の学生が果たすべき役割を考える機会を与え,三陸復興への関心を高めるとともに,復興を担う次代の人材を養成することを目指したものです。
この研修には,「岩手の研究~三陸の復興を考える~」の受講者や「生活支援部門ボランティア班」参加学生のうち16名が参加しました。

1泊2日の研修は,コバルト合金を制作している「(株)エイワ金属事業部」の加工場,サケの増殖を目指す「釜石湾漁協甲子川さけますふ化場」,岩手大学が高度加工機器を導入し,沿岸部のものづくり産業の復興支援の拠点としている「釜石・大槌地域産業育成センター」及びサポートセンターや仮設店舗などを一体的に整備し地域包括ケアの実現を目指した「平田第6仮設団地」の見学に加え,釜石市釜援隊による釜石市の紹介と「釜石に来てやりたいインターン」をテーマにしたグループワーク,震災当時から過酷な状況を体験した大槌町職員や宝来館女将からの講話,語り部(おらが大槌夢広場)から説明を受けて歩いた被災地見学(被災跡の残る旧大槌町役場周辺)など,内容の濃いものでした。

17日の昼食は,かまいしキッチンカープロジェクトの「むすびや」からカレーライスを配膳してもらい,被災した中小企業の再生と新事業の創出により雇用を確保し,地域の活性化を図ると共に買い物弱者への支援を目的とした釜石市の取組を体験しました。
18日は,例年開催されている「釜石冬の味覚まつり」で名物「釜石ラーメン」などを味わい,研修の締めくくりとしました。

岩手大学では,「地(知)の拠点形成整備事業(COC事業)」の採択を受けて「地域と創る”いわて協創人材育成+地元定着”プロジェクト」を実施することになりました。
これは,卒業後の地元定着率の向上や目的意識の明確化を図ることにより地域の活性化につなげることを目的として行うもので,1年次には全員が被災地で震災復興について学習することが義務づけられる予定です。

今回の現地研修がこれからの研修につながっていくことを期待します。

鍛造作業の見学(エイワ金属事業部の加工場)

鍛造作業の見学(エイワ金属事業部の加工場)

サケマスふ化場の見学(1)ふ化室,(2)飼育池,(3)ふ化槽の発眼卵,(4)ふ化直後の稚魚,(5)放流を待つ稚魚)

サケマスふ化場の見学(1)ふ化室,(2)飼育池,(3)ふ化槽の発眼卵,(4)ふ化直後の稚魚,(5)放流を待つ稚魚)

釜石サテライトで昼休み

釜石サテライトで昼休み

5軸マシニングセンターの見学(釜石・大槌地域産業育成センター)

5軸マシニングセンターの見学(釜石・大槌地域産業育成センター)

通路が体に優しいウッドデッキの平田第6仮設団地

通路が体に優しいウッドデッキの平田第6仮設団地

介護福祉士や看護士も配置されているサポートセンター(平田第6仮設団地)

介護福祉士や看護士も配置されているサポートセンター(平田第6仮設団地)

グループワークの発表をする参加者

グループワークで発表をする参加者

被災地を歩く(旧大槌町役場周辺)

被災地を歩く(旧大槌町役場周辺)

学生への期待を熱く語る宝来館のお女将さん

学生への期待を熱く語る宝来館のお女将さん

釜石冬の味覚まつり(復興支援に来ている北九州市の「小倉発祥焼きうどん」)

釜石冬の味覚まつり(復興支援に来ている北九州市の「小倉発祥焼きうどん」)

 

はまゆり(釜石市の花)

はまゆりの花

はまゆりの花

 釜石市の花「はまゆり」は,平成50年に制定されました。
 昭和30年に旧釜石市と甲子村,鵜住居村,栗橋村,唐丹村が合併して新しい釜石市になって20年になったことから,釜石市民憲章制定に合わせて木(タブノキ)や鳥(オオミズナギドリ)と一緒に制定されたものです。

釜石市のシンボル・市民歌(釜石市ホームページ)http://www.city.kamaishi.iwate.jp/index.cfm/10,0,76,303,html

 当時の「広報かまいし」には,次のように紹介されています。

 はまゆりは,ユリ科の多年生草木で,日本の中部から北部の海岸や崖などに自生していますが,古くから栽培もされて園芸品種もたくさんあります。
 7月ごろから茎の頂に1~3個の花をつけますが,青い海と空とを背景に咲く姿はとてもすばらしいものです。
 咲く期間がちょうど海水浴シーズンに当たるので,波の打ち寄せる岩場にたくましくも可憐に咲く姿を御覧になった人も多いでしょう。
 花弁の間がすいているので【すかしゆり】というのが正式名ですが,当地方では一般に「はまゆり」と呼ばれ親しまれています。市の花としてはこの俗称「はまゆり」を使うことになりました。

「はまゆり」を探して
 子供のころ,はまゆりを意識して見たことはありませんでした。
 昨年の7月釜石サテライトに赴任し,釜石市の花が「はまゆり」であることを知ってから,はまゆりを探して釜石湾内を歩きましたが,波の打ち寄せる岩場には船でないと近づけないので,半ばあきらめていました。しかし,ある日尾崎半島の裏側の小さな漁村に行ってみると,港に大きな岩がありその岩肌にそれらしいユリの茎がありました。
 1年経って今年の夏に行ってみると,オレンジ色の花がたくさん咲いていました。

へび岩

へび岩

 はまゆりは,「へび岩」と呼ばれるヘビのうろこのような模様のある大きな岩の隙間に,しっかりと根を張って咲いていました。
 この地域は,昔は伊達と南部の藩境で,「歴史の道第2号(浜街道)(釜石市教育委員会編集)」には『ここは古人の里。ここの住民は両国藩境の生き証人であり,南部藩境守護人-防人であった』と記されるほど,釜石郷の辺境の地です。

ヘビ岩の縞模様(実は地層のすじ)

ヘビ岩の縞模様(実は地層のすじ)

津波の被害の甚大な浜

津波の被害の甚大な浜

尾崎の浜の朝

尾崎の浜の朝

浜の夕焼け

浜の夕焼け

春のうららの…

旧大橋社宅のしだれ桜(甲子町大橋)

旧大松小学校(甲子町大松)

大畑の大桜(甲子町大畑)

高速道路用地のため,幾本かは切られてしまいます。

遺跡発掘調査中の福祉の森(甲子町大畑)

釜石山正福寺(甲子町松倉駅付近)

愛染山と甲子川(甲子町松倉,県立釜石病院付近)

小川川(旧小川体育館付近)

旧小川温泉(甲子町上小川)

禮口山日高寺(礼ヶ口町)

大天場山八雲神社入り口(八雲町旧二中付近)

薬師公園(大町)

嬉石町(被災した釜石警察署付近)

平田仮設団地(旧商業高校)

城山公園(大槌町)

雪桜(平田仮設団地,4月21日)

平田の山桜

唐丹の桜並木

 沿岸南部では,桜が満開になりました。
 釜石市南端の唐丹町には,昭和9年に植えられた見事な桜並木があります。

 昭和8年3月3日に起きた三陸大津波で当時の唐丹村も大きな被害を受けましたが,住民の不屈な復興意識は村の再建へと立ち上がりました。
 当時の村長柴琢治氏は,村の復興推進と同年12月23日に御生誕した明仁親王(現天皇陛下)の祝福も兼ね,住民の協力を求め,昭和9年春に記念事業として,将来に夢を託しながら桜の木を植樹しました。
 桜の木は,唐丹地区を南北に通る浜街道の全域にソメイヨシノを2000本,西東に流れる片岸川と熊野川にも800本余りが植えられました。
 この桜並木は,先人の偉業として今に語り継ぐもので,長い年月を重ね,道行く人々に大きな慰めと,先人の大きな勇気と努力を思い出させています。
(唐丹町本郷地区の案内板より)

 天気の良かった4月22日月曜日の昼に,テレビの放送局が道行く親子連れを撮影していました。

 近くの国道45号線の峠は「桜峠」と名付けられています。
 本郷地区から南に向かい「唐丹さくらトンネル」をぬけると,小白浜漁港です。
 

 未だに震災の爪痕が残っています。